プロフィール

はじめまして!
40歳からの起業で自由なライフスタイルを叶える!

「MANA塾」代表の鈴木麻美です。

ママが自宅にいながら起業し

自分のやりたいことを自由に選び

理想のライフスタイルを叶えられるよう

自分の商品を作り

売上げを上げるまでトータルで学べる実践型の起業塾を運営しています。

おかげさまで、スタートしてから常に満席で
現在は、次の募集をお待ちいただいている状況です。

MANA塾には

会社員を辞めたばかりの方、シングルマザーの方

専業主婦やパートしか経験したことがないなど

起業初期の方多数在籍しています。

受講生さまからは

自分の得意なことを仕事にし、楽しいと思いながら仕事ができるようになった!
全くの0からはじめて、こんなに早く結果が出せるようになるなんて!
初めのサービスが売れたときは自分で驚きました!

とうれしい声をたくさんいただいています。

なぜ私が「MANA塾」を始めようと思ったのか、少し長くなりますが、私の生い立ちからの人生ストーリーをご紹介させていただきます。

子ども時代

埼玉県にて、三姉妹のまん中として生まれました。
2歳の時に千葉県船橋市に引っ越し、祖父母と共に7人の大家族の中で育ちました。

小さなころからお転婆で、外で遊ぶのが大好き。

遊ぶのが楽しすぎて、暗くなってもなかなか帰って来ない、

としょっちゅう母が探しに来ていたのを覚えています。

小さなころから男女、年齢問わず
誰とでもすぐに仲良くなる性格で、
とにかく活発で明るい子どもでした。

動物が大好きで、猫を何度か拾ってきたり、迷い犬を保護したり、ウサギや鳥、ハムスター、モルモットなど沢山の動物を飼っていました。

拾ってきた猫が死んでしまったときは悲しすぎて、何時間も泣き通したのを覚えています。

やりたいことはダメと言わず、子供の意見を尊重してくれた両親のおかげで、自己肯定感が高く、ポジティブな考え方ができるようになりました。

私の仕事の原点

父は自営業でデザインの仕事をしており、東京に事務所を構えていました。

幼稚園くらいの頃から、仕事場に連れて行ってもらうことが度々があり、仕事場をのぞかせてもらう機会がありました。

撮影現場を見たり、写真の現像場所をのぞいたり、小さな私はなんだか楽しそうな世界だな、と思って父の仕事を見ていました。

仕事柄、スーツを着て仕事に行くわけでもなく、髪も肩くらいまで長く(笑)、朝の出勤も他の家と比べてゆっくりの父。

小学生に上がると、「あれ?うちって他の家と違うんだ。」と次第に思い始めたのを覚えています。

自分の好きなことを仕事にしていること、人とは違うスタイルで働くことに憧れを持つようになったのはこの時期の影響が強いのかもしれません。

そんな小学生時代でしたが、両親が頻繁に喧嘩をするようになり

私が中学3年生の秋に父と別居することになりました。

それまでは大きな一戸建てに住んでいたのですが、母と姉妹と一緒に引っ越した先は、全く知らない土地。
そして、連れてこられたのは六畳二間の、築50年近い古いオンボロのアパートでした。

それまでは、欲しいものは買ってもらえて、お金がない、というのを感じたことがない暮らしだったので、和式のトイレ、見たことのない追い炊きのお風呂、狭さ、古さを見て、こんな古くて汚いところに住むの!?と、とてもショックだったのを今でもよく覚えています。

長い間専業主婦だった母は、全く経験実績もないのに企業に就職し瞬く間に昇進し、いつの間にかバリバリのキャリアウーマンになっていました。

そんな働く母を「バリバリ働く母はカッコいい!」とすごいなぁと尊敬の眼差しで見ていました。

母が一生懸命働いて、しっかり稼いでくれたおかげで、両親の別居時代もお金に困ることもなく、何不自由なく生活でき、進路も自由に選ばせてもらえました。

この経験から、いつ何が起こるかわからない。

だからこそ、女性もしっかりと自分の仕事を持ち、稼ぐこと、

そして、経済的、精神的に一人の大人として自立することの大切さを感じていました。

料理の世界から事務職へ

その後短大に進み、就職活動をする時期になり、周りが進路を次々に決めていく中、私は進路が決められず迷っていました。

毎日満員電車に乗り会社に通い

言われたことをやる

という型にはめられたような働き方に疑問が湧き、

どうしても「会社員」という選択ができず

短大卒業後は、好きを活かして

ベトナム料理店や憧れのおしゃれなカフェに就職し

20代前半は副店長やチーフなど貴重な経験をさせてもらいました。

しかし20代半ばころから、周囲を見てこのままでいいんだろうか?

「会社員」というものを経験した方がいいのかも?

という思いが湧き、デザイン系の専門学校の事務職に就き

自由な雰囲気の中、個性的な先生達に囲まれて、

パソコンスキルなどを磨いていきました。

当時は、とにかく旅行が好きだったので、長期の休みの度に海外旅行に行き

仕事でもヨーロッパに行くチャンスをいただいたり、20代の青春を満喫していました。

カウンセラー、営業職、そして海辺へ移住

30歳手前になった頃

結婚をしたいけれど相手もいない、しかも仕事を辞めたので、これから先どうすればいいのか。。。

仕事も8回近く転職を繰り返していたので、コレだといえるキャリアがない。

どうしようかと悩んでハローワークに通っていた時、

キャリアカウンセラー」という職業に出会い、

社会人になってから初めて資格取得のために学校に通い

学ぶ楽しさを覚え、勉強時時間を費やし、無事に合格することができました!

その後は人材系の大企業に就職。

営業の仕事に就き、知らない会社へ飛び込み営業、毎日大量の電話掛け、そして、中小企業の社長や、人事の方とお会いする毎日を過ごしました。

会社の歯車になること、会社員の厳しさ知り、ここでかなり根性が鍛えられました(笑)

気が付けば朝早く会社に行き、家には寝に帰るだけ・・・。

朝が来るのが苦痛で、なんのために働いているんだろう・・・という毎日。

そんな生活はすぐに限界がきて

このまま続けていたら自分じゃなくなっちゃう!

一度きりの人生もっと自分の好きなことをやって生きていこう!

悩んだ末、会社を辞める決断をし、当時サーフィンをするために通っていた

海辺の町に本格的に引っ越すことにしました。

その決断は大正解!!

自分の人生、理想の生活を自分で掴み取ることができた出来事でした。

引っ越してからは、本当に毎日が楽しくて

あの頃は今思い出しても幸せな日々、青春のひと時でした。

それを感じることができるようになったのも大変な会社員時代があったから。

「仕事とはなんなのか?」

「自分の人生をどう生きていくか?」

ということが、私の人生のテーマでもあるとわかり、自分の気持ちに正直に向き合うことができるようになりました。

結婚、出産 そしてアロマ教室スタート

それからは、34歳で結婚、35歳で長男を出産。

出産後は、子供との幸せな時間とは裏腹に、社会と切り離された感覚を強く感じる毎日。

社会との接点が欲しくて、当時興味のあったアロマテラピーの学校へ6か月の息子を連れて通い始めました。

それからは、アロマに夢中になり、子どもが寝ている隙に毎日勉強をして1年半で講師になる資格まで取得しました。

長男が2歳になる頃、資格を生かして自宅でアロマテラピーの教室をスタートしました。

はじめは趣味程度で始めた教室でしたが、少しずつ教室に来てくださる生徒さんが増えてきて、仕事の依頼も増えてきました。

そのおかげで、長女の出産を挟みながらも、休まず教室運営を続けることができました。

もちろん、すべてが上手くいくことばかりではなく、売り上げがわずかなのに、仕入れや勉強にお金がかかり運営が赤字になることも。

一時期は、カフェでアルバイトをしながらアロマの教室をやっていたこともあります。

そんなこともありながら、アロマ教室をスタートして3年で教室には延べ100名以上の方が通ってくださり、外部講座を含めると300名以上の方にご受講いただきました。

企業や生協からのお仕事を頂くことも多く、友人と立ち上げた「起業女子の会」はあっという間に100名以上のメンバーになり地域新聞の取材を受けたり、大きな場所を借りてイベントを主催したり、忙しく充実した日々を送っていました。

この当時から、自分の好きなことを仕事にしてキラキラと輝く女性を沢山増やしたい!

いつか起業を教える仕事をしたい!

と強く思っていました。

元々人と関わるのが大好きなので、この頃は、起業を通して沢山の人と繋がり、知人友人が増えていくことも楽しくて仕方なかったです。

離婚、そして人生のどん底

しかし、仕事も軌道に乗り始めたこの頃、離婚をすることになり、教室から遠く離れた場所に引っ越さなくてはならなくなりました。

子供たちもいるので、収入を確保していかなくては、と思うのと裏腹に、それまで頑張って教室を運営していたものが、また1からやり直さないといけない状況になり、どうすればいいのかわからない状況になりました。

離婚後はとにかく精神的に辛く大変で、それが仕事にも影響して、精神的にも経済的にも人生の中で一番のどん底の時期でした。

収入もほぼ無くなり、このままでは生活ができなくなる。
来月はどう暮らしていこう、という切羽詰まった状況でした。

これから自分がどう生きていけばいいのか、どうなってしまうのか、いつここから抜け出せるのか、と怖れと不安を感じ暗闇のトンネルにいるような日々が続きました。

そんな精神的な負担が体にも表れ、その頃は一年間で4回も入退院を繰り返し、本当に身も心もボロボロになりました。

先が見えない苦しい毎日は一年半程続きました。

どん底からの復活

そんな真っ暗闇にいた時、もうこのままじゃダメだ!

そう思い、思い切って高額を自己投資しビジネスを学ぶ講座に飛び込みました

お金が無くどん底でしたが、ここで自分に投資をして学ばなければここから抜け出せない

と思ったのです。

そして、そこでビジネスを学び、新しく料理教室を立ち上げることになり

トンネルから一気に外の明るい世界へ飛び出せたのです。

あの時のことは今でも忘れられません。

それまでは、料理は私にとって「息抜き」「趣味」で、得意だということすら忘れていたのですが、じっくりと自分と向き合うことで、それを仕事とすることができ、私自身生まれ変わることができました。

得意なことを仕事にするようになってからは、とても気持ちが楽で、毎日が楽しくなり、

得意なことを使い、自分の力を社会に活かしていくことの大切さに気づけるようになりました。

「やる!」と覚悟を決めたこと、そして、ビジネスを学んだことで

料理教室を立ち上げて1か月、なんと初月で30万円売上げることができました。

覚悟決めて行動して、本当に良かった!

と心の底から思った瞬間でした。

それからは、企業からのお仕事の依頼、テレビ出演の依頼などが相次ぎ、生徒さんも増え、とても順調にいくようになりました。

(S&B提供 魔法のワンプレート BS-TBS)

自分の才能を使って仕事をしていく、そして、正しいやり方で行動を起こすことでこんなにも人生が変わっていくんだ、ということを自ら体験しました。

起業塾MANA塾の誕生!

料理教室が順調にいき、生徒さんも増え収入が安定した時

やっぱりどうしても、起業を教える仕事がしたい!

というのが湧き出てくるようになりました。

起業した当時から、いつかは私が起業を教える立場になりたい、とずっと思ってきました。

私自身が稼げるようになり

誰しもが、自由に自分の人生を決め、自分の好きなことを仕事にして収入を得て、

一度きりの人生楽しんでもらいたい!そしてそれは努力すればできること!とわかったからです。

仕事とはなにか?と小さなころから見て感じてきたこと

「時間を切り売りする仕事はしたくない!自分を活かした仕事がしたい!

とずっと感じていたこと

そしてシングルマザーになってお金を稼ぐ力の大切さを身に染みて感じたからこそ、女性の起業をサポートすることが私の人生においてのミッションだと思うようになりました。

それまでの9年間の経験を活かし

2022年1月よりMANA塾をスタート。

おかげさまで第一期生からずっと満席で、増席の状態が続いています。

女性だからパートでしか働けない

家族を犠牲にしないと会社員を続けられない

という働き方ではなく、

「女性だからこそ家庭を大切にしながら」

「自分を大切にしながら続けていける働き方」

を自分で創っていける支援をしています。

ここ最近は、一気にオンライン化が進み、女性が在宅で起業しやすい環境になりました。

私も初めは対面だった料理教室を全てオンライン化できたため、

これから何が起きても、家庭と仕事を両立しながら収入を得ることができると確信しています。

お母さんが毎日笑顔で働き、自由に使えるお金を稼げるようになること。

それが子供たち、家族の幸せにも繋がってきます。

私が9年間、失敗した経験も含め、学んできた知識や情報、そして考え方、どうしたら実現できるのか、という全てをお伝えし、一人でも多くの女性が

自分の望む人生、ライフスタイルを叶え

おばあちゃんになった時に、「私の人生最高だったなぁ!

と言えるようになって欲しいと思っています。

そして、それが私の人生における使命だと信じています。

MANA塾から、

沢山の、経済的にも精神的にも自立した豊かな女性が

羽ばたいていって欲しい!

一人でも多く自分で自分をそして家族を幸せにできる女性が

増えてほしい!と全力でサポートしております!

長い自己紹介になりましたが

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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